【不登校】子どもが学校へ行きたくないと言った時 4人の不登校経験から学んだこと

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明るい兆し

わが家の4人の子どもたちは全員、発達障害があります。そして、それぞれ、不登校、もしくは不登校気味の時期がありました。

4人の子どものうち3人が家にいた時期もありました。

全員が学校に行って、猫たちと私だけになった日のことは今もよく覚えています。

その時の安堵感を思い出すと、やはり、子どもがいつも家にいるということは、しんどいことだったのだと思います。

今だからこそ言えることですが、不登校はマイナスに見られがちですが、実は良いこともいっぱいあると思っています。

 

子どもたちが不登校の時期をどのように過してきたか、

私がどのように関わってきたか、

どんな思いを抱いたか、

何を学んだか・・・

その中に皆様のお役に立てるヒントがあれば幸いです。

<この記事を書いた人>

4人の発達障害の子育ての経験から現在は全国で講演を行う 発達障害ハッピーサポート代表 堀内祐子先生

不登校になるまで

4人の子どもたちはそれぞれの年齢で、学校に行かない時期がありました。

ここでは、娘の事例をご紹介します。

3年生「学校に行きたくない」

娘が小学校3年生、もう少しで春休みという時でした。

登校の準備をしている時、突然娘は「学校に行かない」と言って動かなくなりました。

当然、理由を聞いても何も言わず、「学校には行かない」とだけ言って黙っていました。

とりあえず、学校は休むことにして、ゆっくり時間をかけて、理由を聞きました。

 

ようやく、口を開いてくれました。

理由はいじめでした。

 

よほど我慢していたのでしょう。

「学校に行かない」と言った時点で、もうどうにも動けないという状態でした。

学校

 

「学校が怖い」

担任の先生ともお話し、事情もよく分かりました。

先生も対応してくださいましたが、娘の「学校が怖い」という状況は改善しませんでした。

4年生 不登校の始まり

4年生になり、クラスも先生も変わり、娘は学校に行きましたが、1週間もするとまた行けなくなりました。

いよいよ、本格的な不登校の始まりです。

 

親としての不安と焦り

娘も苦しかったと思いますが、私自身も娘が学校へ行かないことへの不安や恐れと戦っていました。私もどうしていいか分からないと、うろたえました。

自分を責める

何よりも、娘の苦しみに気付いてやれなかったこと、そして、自分が親として至らなかったという思いの中で苦しみました。

原因探し

そして、自分のどこがいけなかったのか、原因探しが始まりました。

何が原因で、娘は学校に行くことができなくなったのか。

なぜ親に相談しなかったのか。

過去を振り返っては、自分を責める、原因を探す・・の繰り返しでした。

暗闇

 

前を向けるようになったきっかけ

ある日、堂々巡りをしている私を見て、友人がきっぱり言いました。

「いいかげん、自分を責めるのはやめなさい。あなたはいつだって一生懸命やってきたよ。私はそのことを知っている」

その言葉を聞いて、私ははっとしました。

「もう、原因探しはやめよう。これからは娘のために何かできるか考えよう」

後ろを振り返るのをやめたら、やっと前が見えるようになったのです。

明るい兆し

子どものためにやってみたこと

情報を提供する

それからの私は、気になることや、おもしろいと思うことがあると娘に情報を提供しました。

  • フリースクール
  • 箱庭療法
  • 家庭教師
  • 花の寄せ植え
  • ミュージカル
  • 熊本のおばあちゃんのところに行く
  • ガレージセール
  • パソコン
  • イルカに乗る……

あくまでも情報提供なので、やるかやらないか決めるのは娘です。

中には、娘が自分からやらせてほしいと言ったものもあります。

自分の好きなとをやりながら、娘は少しずつ元気になって行きました。

情報を収集する

娘に情報提供をしつつ、私も情報収集に努めました。

とは言っても、17年も前のことです。

インターネットは使っておらず、もっぱら、本と友人、知人からの情報が頼りでした。

本を読む

 

1冊の本との出会い

たくさん読んだ本の中で「笑う不登校」がありました。

学校に行かない選択をした子どもと、その子どもを家庭の中で見守るお父さん、お母さん……

子どもは家庭の中でもしっかり成長するし、時間がたっぷりある分、子どもたちはいろんなことを始めて、それがなかなかおもしろいのです。(記事の最後に書籍へのリンクがあります)

家庭で育つ子どもたちってステキだと、心から思いました。

その時に初めて、【ホームエディケーション】という言葉を知りました。

この本を読んで、私の心は解き放たれました。

家で育つ娘を応援しよう。

もやもやした霧がいっぺんに晴れた感じがしました。

明るい兆し

中学生のころ

中学生のときはたまに相談学級に行く以外は、ほとんど昼夜逆転してパソコンばかりしていました。

また、東京シューレを利用しました。イベントにはあまり参加はできませんでしたが、東京シューレから送られてくる冊子は娘の支えだったようです。

今は不登校の子どもの居場所はたくさんあると思いますが、その当時は少なく、東京シューレの存在はありがたかったです。

そんな状態でしたが、娘は定時制高校に行きたいと言って受験しました。

 

 

高校生のころ

高校入学と同時にアルバイトを始めました。

1年間、学校とアルバイトを両立させていました。

正直言って、娘がこんなふうになると想像すらしていなかったので、驚きました。

娘は、家でゆっくり休んで、充電していたのだと思います。

 

しかし、2年生に進級ができると分かった日に、すっかり満足したのか、学校をやめて、アルバイトに専念すると宣言し、アルバイト生活を始めました。

 

不登校の時に利用したもの

  • スクールカウンセラー
  • 教育相談所
  • 相談学級
  • 東京シューレ

中学生のころスクールカウンセラーや教育相談所を利用しましたが、わりと早目に「私はもういいや」と言って、行くのをやめました。

娘が行かなくなった後も、私はスクールカウンセラーや教育相談所の相談員の方のお世話になりました。

お二人とも、私の話をじっくり聞いて下さり、必要な情報を下さったので、とても助かりました。

また、娘は相談学級という不登校の生徒が行くところにも行っていました。状況に合わせて、それぞれのペースで通うことができました。

そこでの助けを受けて、娘は定時制高校に行きました。

 

社会性

娘が不登校の時に、「家に居て、社会性は育つのか?」と言われました。

返答に困りましたが、今は家で育つ娘を応援して行くだけだと思いました。

しかし、すっかりおとなになった娘を見て、アルバイトもしっかりやっていたし、私と同じ仕事をしているとき、娘の評価はビックリするほど高く、誰からも褒められました。

親ばかも手伝っていますが、人の痛みが分かるステキなおとなに成長したなぁと思います。

 

 

発達障害と不登校

私は娘が小学校5年生のときにこんな質問をしました。

「いじめられていなかったら、学校に行っていたのかな?」

娘は、

「私はいつも全力疾走だったの。

足を出されたから、バッタリ倒れちゃったけど、もし足を出されなくても、いつか力尽きて倒れていたと思う」

と言いました。

立ち止まる

アスペルガー症候群

その数年後(中学校、3年生)に娘は自分から医者に連れて行ってほしいっと言って、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)と診断されました。

そのことから考えると、娘は自分の状態をよく分かっていたと思います。

 

子どもために親ができること

発達障害の子は疲れやすかったり、集団の中で居心地が悪かったりすることも多く、そういう意味では、学校生活はしんどかったのでしょう。

それを無理やり学校に戻そうとすると、彼等は苦しい思いをするでしょう。

親も義務教育のうちは特に肩身の狭い思いをすることもありますが、

私は「親が守ってやらなくて誰が守ってやるのか?」と思うのです。

悪戦苦闘をしましたが、最終的に娘の好きなようにしてあげてられて良かったと思います。

 

4人それぞれの不登校

娘の不登校はいじめがきっかけでしたが、長男は「めんどくせー」と言って学校にはあまり行きませんでした。

その他にも、

  • 疲れてしまう
  • 勉強がおもしろくない
  • 部活のつまづき
  • 先生との摩擦……

色々な理由でわが家の子どもたちは学校をよく休んだり、長期間行きませんでした。

「そんなわがままを許しておいて将来どうなるのか?」と言われそうですが、おとなになった彼等は、それぞれ自分の道を自分の意志でしっかり歩いています。

学校はあくまでも通過点なのだと思います。

長い長い通過点ですが、その先に目を向けたとき、色々な選択肢があることに気付きます。

 

不登校のメリット

自分で選べる

娘は一時期、家庭教師さんに来てもらっていましたが、私は娘にちょっと変わった提案をしました。

「先生から国語や算数を教えてもらうのではなく、あなたが自分で先生に教えてもらいたいことをリクエストしたり、先生と一緒に好きなことをしてね。何をするかはあなたが考えてね」

娘の目は輝きました。

学校に行っていればカリキュラムが決まっていますが、娘は毎日家にいます。

「今日は何をしようかな?」と自分で考えて、毎日色々なことをしていました。

ゆっくり考えたり、自分の好きなことをじっくりできることは不登校の利点の一つだと思います。

自分の好きなことを思い切りできる

子どもたちは4人それぞれ学校に行かないことで、自分で好きなことを思いきりすることができました。その中で身に付けたものがたくさんあります。

自分の頭でじっくり考える習慣は、そのときに身に付けたもののひとつだと思いますが、それは社会の中で生きて行くために大いに役立っているようです。

 

その後の子どもたち

わが家の子どもたちは全員、成人しました。

結婚し、子どもをもち、幸せな家庭を築いている子もいます。

 

娘の不登校が始まったばかりの頃は先が真っ暗で何も見えない状態でした。

そんな時に長男の担任の先生からお電話を頂きました。

「娘さんのことを聞きました。

お母さん、焦らないでね。大丈夫だから、大丈夫だから……」

私はこのお電話を頂いた後、さんざん泣きました。

先生の優しさが胸にしみました。

 

泣き終わった後、少しの光が見えました。

小さな小さな光です。

 

「大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫」

光

 

あの日から17年。

娘はほんとに、大丈夫でした。

苦しさや辛さを肥やしにして、幸せで、立派なおとなになりました。

 

親が子どもにできること

そんな娘を見守りながら、私自身も自分の弱さと対峙しました。

その中での気付きや学びはかけがえのないものになっています。

親が子どもにできることは、

 

理解すること

忍耐すること

愛すること

信じること

見守ること

 

そして、どんなときでも

 

楽しむこと

喜ぶこと

幸せでいること……

 

4人の不登校を経験し、私が学んだことです。

この記事が、いまお子さんの不登校に悩むママたちの光になることを願います。

 

 

おすすめの本


笑う不登校―こどもと楽しむそれぞれの日々

〜著書〜

発達障害の子とハッピーに暮らすヒント―4人のわが子が教えてくれたこと

発達障害の子が働くおとなになるヒント―子ども時代・思春期・おとなへ

この記事を書いた人

堀内祐子先生

堀内祐子

発達障害をもつ4人の子供の母親。2005年より星槎大学で発達障害について学ぶ。2006年より全国で、発達障害、不登校、子育てに関する講演を行う。自閉症スペクトラム支援士、特別支援士、傾聴心理士。
HP→ぎふてっど

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