今回 取材に訪れたのは、栃木県足利市にある、障害者支援施設 こころみ学園さん。
お仕事の一つには、ワインの製造があります。
原料となるブドウを育てる畑の平均斜度は、なんと38度。
スキーのジャンプ台ほどの傾斜があります。
今年は、当時の特殊学級の中学生たちが開墾してから60年目にあたり、ワイン造りは35年。35回ワインを造ってきたことになります。
このブドウ畑のふもとに昭和44年に開設された知的障害者施設には、現在100名ほどの人達が寝泊まりされていて、最年長はなんと95歳!
最年少は17歳です。
施設内では、食事をつくる人、洗濯をする人・・・と利用者さんがそれぞれの役割を分担しています。
厨房は、以前は職員1名、利用者10名ほどで食事やおやつを作っていましたが、高齢化に伴い、現在は職員と利用者さんとパートさんで稼働しています。
ひとりひとりにシンプルな仕事を。
例えば、視野狭窄の方でも できることがあります。
彼女がみんなと同じことをしようとすると、喧嘩になってしまうこともあります。
でも、他の人と違う、自分ひとりのペースで仕事をすると素晴らしい仕事をしてくれます。彼女にとって何もすることがないことが一番の苦痛なのです。
そう語るのは、こころみ学園施設長の越知眞智子さん。
洗濯屋さんと呼ばれる仕事があります。
100名分の洗濯物を毎日しています。
知的障害がありますし、1から10までの工程をひとりでやってもらおうとすると、何かを忘れてしまったり、途中で止まってしまったりと穴があきます。
でも、シンプルに洗濯を運ぶ仕事、物干し竿にかける仕事といったように ‟これだけ“ と提示すればいいのです。
(見学させていただいた時、視野狭窄の方が 利用者さんの洋服についた米粒をひとつひとつ取っていました。洗濯では落ちない汚れも手作業でキレイに落とすそうです)
さらに乾いた洗濯物を分別する作業は、スタッフよりも確実です。
洋服には名前が書かれてありますが、消えかかってあるものがたくさんあります。
字が読める人は、字がうすいと読めなくなってしまいますが、字が読めなくても、見事に洗濯物を仕分けていきます。(その見分け方は、勘と昨日着ていた服を覚えていることなのだそう!)
誰にでも、とり得はあるものです。
細かく分業して、ひとりひとりの仕事をシンプルにすることで、どんな人もやれる仕事ができ仕事に取り組むことができるのです。
施設には、24時間体制のお風呂が二つあり、一週間交代で男女が入れ替わります。
その内、1つは薪のお風呂なので、薪を割る人、薪でお風呂を沸かす人がいます。
現在の利用者さんの平均年齢が、50歳くらい。
50~60代の方が65%を占めています。
24時間入れるお風呂には、寝たまま入ることができる介護用の浴槽も完備しています。高齢化に伴い施設内は毎年少しずつ工夫しながら、安全に生活できるよう改装しています。
こころみ学園では、女性は40歳くらいから入所する方が多いそうです。
家での仕事を手伝うことができるうちは家にいますが、親が高齢になってくると親に面倒をみてもらえず、施設へ入ることになるからです。
はじめは、生食用のブドウを作っていました。
お盆の時期にブドウが一勢にできあがるので、一万箱を詰めなければならず、大変でしたが、ワイン用ブドウに植えかえて、のちにワイナリーに買いとってもらうようになりました。
職員は、入職して一年間は住み込みが原則です。お風呂もご飯も一緒です。
利用者さんと生活を重ねていくなかで、何か変?の勘がはたらいてきて、自分の異変を言葉で伝えられない人の異変にも気づくことができるのです。
ワイン製造の仕事の他に、椎茸の栽培があります。
雨の日は長靴、晴れの日は地下足袋で作業をします。
椎茸の原木を持って、凸凹した道や斜面を上がればできる仕事ですが、最初は上れません。
でも、集中力がついてくると上り下りができるようになります。
黙々と運ぶ人、全然運ばない人、運ぶペースは様々ですが、ここではお昼ご飯を外で食べるので、外に出ないとごはんやおやつが食べられません。
仕事をするかしないかは、また別の話。
― やらない人にどう対処していますか?
ほっときます。(笑)
本人もやりたくない訳ではない。
自然にやるようになるから、それをゆっくり待ちます。
― ココ・ファーム・ワイナリー
当時、こころみ学園で果実酒製造免許をとろうとしたのですが、社会福祉法人は酒税を納められないので、有限会社 ココ・ファーム・ワイナリーをつくって、この有限会社が果実酒醸造免許を取得しました。現在、こころみ学園で育てたブドウはワイナリーに買ってもらっています。
生食用のブドウは粒が大きくワイン向きではありませんでした。
ワインのブドウは小粒で、酸や糖分がつまっています。
(16,000ものブドウの房には、雨に直接当たらないように傘をかけます)
年をとっても 仕事をしてもらうのは、誰でもみんな役に立ちたいと思っているから。
それは、わたしたち職員よりも立派だなぁと思う。
わたしたちは、どうやって楽をしようか?しか考えていないけど(笑)この子たちは、人のあてにされるとか、役に立つってことがうれしいんですよね。
障害者は作られる
ワイン造りの現場では、普通の人が少しくらい熱があっても、作業をするように、園生たちも普通にあてにされています。
福祉の立場だけでものを考えていると、この人たちが本当に働けることとか役にたつことが信じられずに、大切にしすぎてどこかで障害者にしてしまうようなことがあります。
そういう意味で、障害者って作られるんだな、と感じました。
今は高齢の人たちが増えてきていますから、高齢者施設のようになっていますが、わたし的にはもう少し働いてもらおうと思っています。(笑)
(ワイナリーの貯蔵熟成室では照明を落とし、モーツァルトを流しています)
開設当初の話ですが、本当に重たい自閉の子がやってきました。拒食もあって、お母さんも本当に苦労していました。
まったくしゃべらない。しゃべってもオウム返し。
ある時、お母さんが彼の大好きなお菓子と紅茶を持って会いにきました。
お昼に仕事を終えた彼が戻ってきた時に、お母さんと一緒にぶどう畑に座っていました。
「紅茶飲む?」と聞くと、だまって空を見ていた彼がポツリと言いました。
「ママ、お空青いね」
それまで、言葉はオウム返ししか聞いたことがなかったので、お母さんは驚いて
「え?今なんて言ったの?」と問いかけたのですが、それきり言ってはくれませんでした。
そして持っていた紅茶を飲んだ彼がまた、
「ママ、お紅茶美味しいね」と言ったのだそうです。
そのお母さんは、当時の園長先生のところへ行き、
「園長先生、どういう魔法をあの子にかけたのですか?」と聞きました。
園長先生は、
「違うよ。お母さんがかけた魔法をといただけだよ」
こういうこと、ありますよね。
入園当初138㎏あった利用者さんが、今は80㎏くらいになりました。
入園前、なぜそんなに太っていたかというと、偏食だからと好きなものだけをすごい量で食べさせていました。
そして糖尿病になり、湿疹ができると治らずに化膿してしまい、ダイエットするために入院する・・ということを繰り返していました。
彼も、限界だったのだと思います。
こころみ学園では出されたものしか食べられないので、普通になんでも食べるようになりました。
特に野菜が苦手でお母さんは、絶対野菜は食べないと断言されていましたが、野菜ジュースも飲むようになっていました。
お母さんが面会の時、レシートの野菜ジュースを見て驚いたのですね。
この子はスープやカレーに入れないと飲まないと。
お母さんが決めていること、ありますよね。
20歳までの我慢
わたしが、この子たちがすごく立派だなぁと思うのは、暑い時に原木を運んだり、我慢をする場面があるんです。
昔、夏季合宿というのがあり、夏休み中泊りがけで小中学生が原木運びを体験するのです。
でも、お母さんたちはかわいそうになっちゃうんですね。
この暑い中、原木を運ぶなんて・・・と。
だけど、それこそ魔法ではないですが、しばらくやっているとみんな落ち着いてくるんです。
その時に、お母さんが目をつむって、
どんなに時間がかかっても、子どもに大変な思いをさせられるかどうか?だと思っています。
昔、園長先生が言っていました。
「ちゃんと20歳までに我慢する経験を積み重ねると、比較的柔軟に対応していける。20歳を過ぎるとかえってかわいそうだから、やるなら20歳までだよ」と。
暑い我慢、
寒い我慢、
眠たい我慢、
お腹がへった我慢・・・
そういう中で人は育っていくのではないでしょうか。
例えば、寒い時に(この辺は赤城おろしの冷たい風が吹いて)それを我慢して原木を運んでいると、カラダがあったかくなってくる。
そしておやつにはあったかいお茶を飲むとカラダが芯からあったまる。
仕事が終わって寮にもどって、お風呂であったまる。
昼間、ちゃんと動いているからお腹も減る。
だから、ご飯もちゃんと食べられますよね。
夜も睡眠薬がなくても寝られる訳です。
暑さ寒さにしても、今はエアコンのスイッチ一つで暑さ寒さが解消されて、我慢をする必要がないですし、お腹が減ったらコンビニは24時間やっている。
眠たい我慢だって、
学校で居眠りしたって、
今は先生怒れないですからね。
その中で我慢をすることが、本当に無くなっちゃった。
けど、ここで、改めてそういう我慢を体験した子たちは、なぜ我慢ができるのかというと、その我慢の後に必ず心地良い時間がやってくることを知っているからです。
忘れられない、きいちゃんの話
こういう中で育った、精神障害のある きいちゃんという子がいました。
パニックになると、人の顔をひっかいたり、唾をかけてしまう行動に出てしまいます。
ある時彼に、数を数える仕事をしてほしくて、
「きいちゃん、いくつまで数 数えられる?」と聞きました。
「きいちゃん、10まで数えられるな」
「そうなんだ、10まで数えられるんだね。きいちゃん、10の次いくつ?」
「11だな」
「そうなんだ、11の次はいくつ?」
「12」
「そうなんだ、12の次いくつ?」
「13」
数えられるんですよね。(笑)
わたしも彼に随分救われながら、仕事をしていました。
そのきいちゃん、コーヒーが好きで、この世で一番好きなコーヒーはお母さんの入れてくれたコーヒーでした。
でも、お母さんの入れたコーヒーはいつも飲めるわけではないので、普段は缶コーヒーで我慢をしています。
「きいちゃん、ポッカの缶コーヒーとジョージアの缶コーヒー、どっちがすき?」
「ポッカがいいな」
「へ~、なんでポッカの缶コーヒーがいいの?」
「ポッカの缶コーヒーは甘いからな」
「じゃ、きいちゃんさ、ポッカの缶コーヒーと100万円どっちがいい?」
「ポッカの缶コーヒーがいいな」
「じゃあきいちゃんさ、ポッカの缶コーヒー1本と、ポッカの缶コーヒー10本はどっちがいい?」
「ポッカの缶コーヒー1本がいいな」
「なんで?」
「あんまりいっぱいあると、腹壊しちゃうからな」
そういうことを言うんです。
すごいなと。
足るを知る。
大事なものはひとつあればいいと。
普通の人は言えませんよね。
本当にこの人たちはすごい。
これが、この人たちの本当のすごさ。
我慢して大変な思いをしているから、そういうことがわかるようになるんだろうな、と。
いっぱいありますよね、やれること。
こころみ学園(社会福祉法人こころみる会)www.cocoromi.or.jp/
ココ・ファーム・ワイナリー https://cocowine.com/
インタビューアー
<おうち療育アドバイザー浜田悦子>
『元発達支援センター指導員』で『自閉症スペクトラムの息子の母』という2つの経験を生かし、同じ悩みを持つお母様方に、家庭でできる療育アドバイスや、カウンセリングを行っている。
日常生活や社会性の悩みへの対処法を、具体的に指導。
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